• 公開日: 2009/4/1
  • 更新日: 2020/8/19

【連載】この人に聞く 訪問看護のいま・みらい

人々のニーズに寄り添うことで地域とともに歩む訪問看護をつくりたい

訪問看護は地域によってその現状は変わってきます。それだけに、地域とどのようにかかわるかを考え、連携する姿勢が大切になります。自身も地域で訪問看護に携わる一般社団法人東京都訪問看護ステーション協会会長の椎名美恵子さんに、地域での実際を含めて協会の取り組みをうかがいました。


地域によって異なる都内ステーションの現状

椎名美恵子

都内の訪問看護ステーションの状況を話す椎名さん



 東京都訪問看護ステーション協会は、東京都内23区30市町村をカバーしており、2020年7月現在で570の訪問看護ステーション(以下、ステーション)が加入しています。都内全体のステーション数は1,200件超(2020年4月現在)。増加を続けるなか、年に約100件のステーションが新設され、一方で約70件が閉鎖するという状況がここ5年ほど続いています。それに対し訪問看護師は増えているとはいえず、半面訪問サービスに携わる理学療法士(PT)や作業療法士(OT)は増加傾向にあります。

 ステーションの大規模化を推進する流れのあるなか、都内での多くは、所属する訪問看護師が常勤換算で4.7人程度という規模になっています。24時間365日継続したサービスを実施するのが可能なステーションは多いとはいえません。また、都心部と住宅地、郊外では地域性が大きく異なっており、多摩地域などではステーションのない行政区もあります。古くからの住宅地である世田谷区や杉並区などでは多くのステーションが設置されており、また千代田区や中央区などのように、在住者の減少や施設に入所する人の増加などからステーションが増えない地域もあります。

 本会では、このような都内の現状をきちんと把握するため、訪問看護の将来を見据えて進めている「ビジョンプロジェクト」のなかでアンケート調査を実施することにしています。そして、その結果を分析し今後の取り組みの参考にしていきたいと考えています。

新たに地区支部制を導入し行政との連携を強める

椎名美恵子

地域の実情に合った運営を目指し、行政との連携を密にしてきたと語る



 東京都は13の二次医療圏に分かれています。これまで本会では、その圏域に合わせてブロック区分を定め、ブロック単位で活動を考えてきました。しかし、対外的には訪問看護事業所による任意団体という扱いになってしまうため、行政や各団体と正式に連携を図ることが難しい状況にありました。そこで2019年度から地区支部制を導入。ブロック内の区市町村ごとに協会支部を設置し、それぞれが一般社団法人東京都訪問看護ステーション協会としての法人格のもとで活動ができるようにしました。そうすることで、事業委託を受けるなど、これまでよりも行政との連携が密になり、各地域に合った施策を幅広く展開することが可能になりました。

 私が施設長を務める訪問看護ステーションみけは墨田区にあり、私自身も墨田支部長を兼務し区との連携を深めています。区の多職種連携研修会の運営を行っているほか、区と災害協定を締結して災害時の訪問看護師の派遣を取り決めており、同時に区の地域防災計画にも参画しています。このように、行政と正式に連携を図ることで、会議などを通し、在宅医療に携わる者として政策や意見を伝える機会が得られることになりました。その結果、行政の事業がより地域のニーズに沿ったものになっていけばと考えています。

利用者だけでなく地域に発信することが必要

椎名美恵子

墨田区では年齢・国籍ともに住民層の幅が広くなってきている



 訪問看護は地域が仕事のフィールドです。日々利用者宅を訪れて地域を巡ることで、自然と情報も入ってきます。私は、訪問看護師は利用者のもとを訪れて看護サービスを提供するだけではいけないと思っています。地域に近い存在として、人々が何を求めているのかを察知し、いろいろな発信をしていくことが必要です。

 墨田区では近年新しい世代の流入が進んでおり、東京スカイツリーが建設される前よりも高齢化率が低下しています。また外国人世帯が1割以上を占めるという現状もあります。住民層が幅広くなっているなか、これまで利用が多かったがんや難病を抱える人に加え、精神疾患を有する人や医療的ケア児などの利用も増えており、訪問看護を必要とする人は多様化しています。

 そのため訪問看護ステーションみけでは、行政との連携以外に、地域に向けた健康教室や相談事業など新たなサービスにも目を向けてきました。その結果、現在はがん患者さんやご家族を支援する「がん患者サポート研究所」、身体的・精神的・社会的に満たされた健康を作り守ることを目的とした、保健・医療・福祉・介護関係者による「プライマリヘルスケア研究所」というNPO法人をそれぞれ設立し、新たな活動に携わっています。

 また、2018年度からは区からの委託を受けて認知症初期集中支援事業に携わってきたのですが、地区支部制の導入後は、受託先をステーションから墨田支部に移行。これに伴い、事業で発生する事務処理を協会本部の事務局で行い、支部は実働部分のみを担当するようにしました。これによりスタッフの負担が軽減し、訪問看護師がこの事業に貢献できる機会が増えるのではないかと思います。隅田支部の取り組みは、本会としては初めてのもの。これが一つのモデルとして他支部にも波及することに期待しています。

 ステーション経営という面からは、どうしても医療保険や介護保険が適用になるサービスばかりに目を向けがちです。しかし、地域の健康意識を高め、その結果訪問看護に対する理解を深めてもらうことも大切なことだと思っています。

訪問看護の実際に即した学ぶ機会をつくる

椎名美恵子

第9回日本在宅看護学会学術集会では学術集会長を務めた



 訪問看護では、介護度の低い人に対する場合のほうが、看護職の能力が問われます。医療処置の多い人に対しては、決められた処置を時間内に正確に行うという看護なので、内容を把握すれば新人訪問看護師でも対応しやすいケースといえます。一方介護度の低い人の場合は、少ない訪問回数のなかで、的確な観察や聴取を行い、訪問看護師がすべきことを自ら考えて組み立てなければなりません。本会では、このように現場でしかわからない訪問看護のノウハウを盛り込んだeラーニングプログラムを配信しています。これは、東京都からの委託を受けて2019年度スタートした「訪問看護師オンデマンド研修事業」で、都内のステーションや看護小規模多機能型居宅介護事業所に所属する看護職が対象です。「訪問看護師の雑談には、意味がある」「医療処置や身体的ケアの少ない人への訪問看護は何をすればよいのか?」など、訪問看護師が現場でぶつかることの多い10項目を研修テーマに選定しました。2020年度は受講項目を増やし、引き続き視聴できるようにしています。

 また、2015年度からは訪問看護師への教育の体系化も進めており、2017年度に「訪問看護キャリアラダー」を完成させました。訪問看護で求められる業務知識・スキルに沿った、訪問看護師が訪問看護師のために作成した初めてのラダーです。これにより現場で働く訪問看護師が発達段階に応じて何を身につけていけばよいかが明確化され、各ステーションにおける教育体制づくりの目安になりました。

訪問看護師オンデマンド研修のeラーニングプログラムはこちらから見ることができます

幅広い利用者に向けて訪問看護にできることは多い

 訪問看護というと、医療依存度の高い在宅療養者をケアすることをイメージされるかもしれません。もちろんそういう方に対するサポートは重要です。しかし、要支援や要介護1〜2といった方に、介護予防や重症化予防の観点から訪問看護師がかかわることで、入院する回数が減り、地域でより長く生活できる状況をつくり出せると考えています。
 
 訪問看護ステーションみけでは、要支援や要介護1〜2の方の利用が一定数あり、増えてきています。最初はそういう方への訪問看護サービスの導入は、地域からの理解が容易に得られませんでした。しかし、ケアマネジャーや行政担当者に粘り強く説明を続けた結果、早期から訪問看護が介入するメリットを理解してもらえました。超高齢社会にあって、人々が地域で長く暮らしていくためには、介護度の高い人を増やさないことが大切。特に認知症を有する人の場合、早期であれば「できること」がたくさん残っています。その「できること」を長く維持するために訪問看護ができることは多いと思っています。

 このように、訪問看護を必要とする人は、医療依存度の高い人ばかりではありません。重症度の高い人から低い人まで、小児から高齢者まで、さらに診療科も幅広く、療養環境も含めて、利用者は多様化しています。そういった地域の人たちが健康を保ちながら自分の生活の場で暮らしていく支援をするのが訪問看護です。現場に出向く訪問看護師からは、いろいろな人と出会い、手助けをできることが、やりがいであり、喜びにつながっているという声が聞かれ、私自身もそのように感じています。フローレンス・ナイチンゲールが唱えた「自然治癒力を高める」という看護の原点がここにあると思っています。

訪問看護ステーションみけ

訪問看護ステーションみけの前で

[コロナ禍のいま思うこと]

 看護職の皆さんは、日々新しい日常の中で、大変な思いをしながら病院や地域で患者さんへのケアを続けていらっしゃることでしょう。今は感染者の数に一喜一憂することなく、看護の原点である換気や保清等の感染予防をしっかり行うことが大切です。特に訪問看護師は、感染に関する正しい知識を介護職や福祉職に伝え、地域ぐるみで感染予防や感染拡大防止のための知恵と技をもてるよう支援することも重要です。

 それぞれの現場の現状に合わせた看護を行っていくことはもちろんですが、感染者の多少にかかわらず、今こそACPを考えなおすときだと思います。法定感染症では感染者は隔離となります。「ご本人の意思の尊重」と「感染拡大の防止」をどう両立していくか? 同僚はもとより、患者さんやご利用者さん、多職種の方々とよく話し合いをしていただきたいと思います。
 





関連記事